大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)10268号 判決 1975年12月25日

原告

粂芳雄

右訴訟代理人

横山昭二

被告

古河史郎

右訴訟代理人

大村悌二

外一名

主文

当裁判所が昭和四八年(手ワ)第一六四五号小切手金請求事件について同年一二月一五日に、同年(手ワ)第一六五一号小切手金請求事件について同月二〇日にそれぞれ言渡した小切手判決を取消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  原被告双方の求めた裁判

一、原告

1  被告は原告に対し金九一六万〇、九六〇円および、うち金七六六万七、五〇〇円に対する昭和四八年一一月九日から、うち金一四九万三、四六〇円に対する同月一三日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一、原告は末尾目録表示のとおりの記載がある持参人払式小切手四通の所持人である。

二、被告は右各小切手を振出した。

三、原告は右各小切手を末尾目録呈示日欄記載の日に支払人に対し支払のため呈示したが、支払を拒絶されたので、支払人をして右小切手面に呈示の日を記載し、かつ日付を付した支払拒絶宣言をさせた。

四、よつて原告は被告に対し右各小切手金元本およびこれに対する呈示の日から完済まで小切手法所定率による利息の支払を求める。

第三  右請求原因に対する答弁

すべて認める。

第四  抗弁

一、被告は昭和四八年一〇月中旬頃から原告と会つたこともなく、原告に対し小切手を振出す何らの原因関係もなかつた。

1  本件(1)ないし(3)の各小切手につき

被告は小切手の決済資金に窮していたところ、原告が小切手で資金を調達してくるからと申出たことから同年九月下旬頃(1)(2)の各小切手を、同月中旬頃(3)の小切手を、それぞれ金一〇〇万円あて調達してくるように依頼したうえ、金額、振出日各欄白地のまま原告に交付したが、原告は全くその調達をしてこなかつたものである。したがつて被告は原告に対し右各小切手金の支払義務はない。

2  本件(4)の小切手につき

原告は同年八月頃被告に対し将来事業をするについては第三者から強制執行を受け財産を失うことがあるかも分らないから、財産保全のため、原告に借金があるように仮装の借用証を書き、その支払のためとして小切手を書くように勧めたので、被告は原告あてに金一〇〇万円位の借用証書を作成して交付し、その支払のためとして本件(4)の小切手を振出したのであるが、金額、振出日各欄は白地であつた。

二、被告と原告との将来の関係は次のとおりである。

1  被告は昭和四七年一〇月頃原告と知り合つたものであるが、以来法律関係としては原告に対し社会福祉法人「グリーンたすく」の設立、岡山県真庭郡中和村所在の被告所有土地の道路整備、分湯権、境界の明示、右土地および同県和気郡吉永町、兵庫県津名郡五色町各所在の被告所有土地の管理、利用、開発、処分の調査、企画とその実施、被告と問題のあつた神谷タカ子の件その他随時必要を生じた諸問題の調査交渉を、費用と報酬を支払うこととして委任した。

2  被告は原告との間の右関係に基き昭和四八年一〇月頃までに原告に対しその要求のままに小切手だけでも金二、〇〇〇万円前後を振出している。

3  被告は右のとおり原告に対し多額の金員を支払つたにもかかわらず、右委任事項について何らの処理進展もなかつたので、同月中旬頃原告に対し右委任契約を解約し、事務処理のてん末の報告を求めたが、原告はこれに応じなかつた。

4  原告は右解約後被告に対し合計金二、三六五万四、四二〇円の請求訴訟を提起し、その内訳は本件小切手金九一六万〇、九六〇円と別件貸金一、四四九万三、四六〇円となつている。

三、原告は本件各小切手によつて被告に対し金員を貸与したと主張するもののようであるが、右は次の理由から納得できない。

1  原告は被告に対し金員を貸与したとして別表のとおり訴訟を提起し、現に大阪地方裁判所第一六民事部に係属審理中である。ところで、右請求はいずれも理由がなく不当なものであるところ、原告は更に昭和四八年一〇月一一日被告に対し本件各小切手によつて金九一六万〇、九六〇円を貸与した旨主張しているのであるが、右は前記別件の主張との関係で著しく不合理である。

(一) 原告は、別件によると、本件貸与の前日までに被告に対し別表(1)(2)(3)(5)の合計金一、四〇〇万円の金員の貸与があつたこととなり、しかも右貸付金には何ら物的担保、人的保証等債権確保の方法がとられていないにもかかわらず(但し、(1)については代物弁済の予約がなされたと主張するが、その登記はなされていない。)、更に原告主張のような多額の金員が貸与される筈がない。

(二) 原告は、別件によると、本件貸与の前日までに別表(2)(5)の合計金六〇〇万円の返還期日が到来し被告がその返還を遅滞していたというのであるから、担保もとらずに更に本件貸与がなされる筈がない。特に、別表(5)の金五〇〇万円については本件貸与の日の前日が返還期日であつたというのであるから、右返還について何ら具体的な措置が講じられないまま無造作に本件貸付がなされることは常識上考えられない。

2  原告の前記主張は次の点からしても不合理である。

(一) 原告は、被告に対する貸付金の大部分を他から調達してきたものであると主張しているが、通常金員の調達に応じる者はその回収を確保するため使途等を詳細に調査し、かつ担保を徴するのが通常であるのに、、右金員の最終的な需要者である被告と会うこともなく、また被告あるいは原告から担保を徴した形跡もない。また原告は他から資金を調達してきたのであれば、被告から交付を受けた本件各小切手を、調達先に交付する筈であるにもかかわらず、自らこれらを所持している。したがつて原告は他から本件各小切手金に相当する金員を調達してきたものとは考えられない。

(二) 貸金返還のための小切手について、本件(4)の小切手のように金一〇円単位の端数がつく筈はない。

(三) 原告の主張によると、昭和四八年一〇月一一日被告によつて同一の目的で振出された本件各小切手の金額が(1)ないし(3)の各小切手についてはチエツクライターで、(4)の小切手については手書によつて記載されていることも不可解である。原告は(1)ないし(3)の各小切手については振出日以外は記載されており、振出日は被告の依頼によつて原告が記載し、(4)の小切手については金額、振出日とも被告の依頼によつて原告が記載した旨主張するが、右は(1)ないし(3)の各小切手の金額についてはチエツクライターで記載され個性がないところから被告自身による記載であるとし、他は筆跡が判明するところから、被告の依頼による原告の手書きであるととり繕つているのであつて、これが同一機会に同一目的の下に作成されたものでないことは明らかである。

3  原告は多額の金員を貸付け、あるいは小切手の対価を提供できるような資力もこれを調達する信用もなかつた。

(一) 原告は元教員であつたが現在は詩人と称して同人雑誌を発行している程度で定職はなく、生活費は妻が小学校の教員として働いているのと、前記「グリーンたすく」の仕事を始めてからは被告からなにがしかの金が出ていただけで、その住居も妻の所有名義の六畳二間、三畳一間のもので、その経済的な力は他人に多額の金員を貸付けることのできるものでなく、昭和四七年末頃には子供の教育資金にと被告から金二万円の貸与を受け、いまだにその返還をしていないし、飲食代金の支払も滞つている。

(二) 原告は別表(5)の貸金についてその返還のために被告から振出し交付を受けた約束手形四通をいずれも原告自らがこれを割引に出すことなく、原告あるいは第三者が被告の代理人としてこれらを割引に出し、これによつて得た金員を以て右返還に充てる旨の約定があつたと主張するが、右は、もし原告に資金調達の能力があるならば自ら受取人欄に自己の名を補充して自ら割引を受ける筈であるから、このようにしなかつたと主張する以上、原告に資金調達の信用がなかつたことを自認するにほかならない。また別表(5)の貸金の返還期日が昭和四八年一〇月一〇日であつたことからすると、その返還の訴の提起がなされていることからして、右各手形によつても同日までに資金調達ができていなかつたことが明らかであるから、同日原告が被告に対し本件各小切手に基く金員の貸与をなし得なかつたものといえる。

4  原告が被告に対し真実金員を貸与したものであるとすれば、原告はその資金の出所を明らかにできるし、またそうするのが当然であるのにこれを明らかにしようとしない。

四、以上を要するに、被告は原告との間において福祉法人設立とそれに関連して金儲けの話があり、被告は資金の提供者、原告は事務の執行者としての分担があつたが、原告の言うなりに原告に対し小切手を振出していたもので、前記一の1、2のとおり、資金の調達を依頼し、また仮装の債務負担の証とするとの原告の勧めによつて本件各小切手を金額、振出日各欄白地のまま振出したもので、いずれにしても原告から金員の交付を受けていない。

第五  抗弁に対する答弁

一、同一の事実は否認する。

原告は昭和四八年一〇月一一日被告に対し金員を貸与し、その弁済のために被告から本件各手形の振出し交付を受けたもので、その際(1)ないし(3)の各小切手については金額は記載されており、振出日は先日付で被告の指示した日をその面前で原告が記載し、(4)の小切手については被告の指示に従い、その面前で金額と先日付の振出日を原告が記載した。特に、(4)の小切手と被告主張の金一〇〇万円の借用証書とは関係がない。右証書は原告が被告に対し別表(2)の貸与をするについて被告から受領したもので、その二、三日後被告から右金員の弁済のため先日付の小切手二通の振出し交付を受けたのであるが、その振出日付の直前頃被告から呈示を待つてほしい旨の要請があり、被告振出の先日付小切手を持参したのでこれを承諾し、先に受領していた小切手二通を廃棄した。被告は右差替の小切手についても振出日付の直前頃呈示猶予の要請をし、振出日付である同月一二日に同月二八日には現金を以て返還する旨申出たので、原告は右小切手を廃棄したが、被告において同日にもその返還がないので訴を提起しているのであつて、本件(4)の小切手とは何ら関係がない。

二、同二の事実については、次のとおりであるほかは本件と関係がないので認否しない。

原告が被告と始めて会つたのは昭和四七年五月一六日大阪市北区梅田の喫茶店で、その後被告が原告方へ訪ねて来るようになつた。

三、同三については次のとおりである。

1  同1につき

原告は、被告主張の別表記載の訴訟につき、被告の自署捺印した小切手、金銭消費貸借契約書、代物弁済予約証書、借用証書、約束手形、委任状、約束手形預り証、代物弁済予約証書兼借用証書(各証書には同一日付発行の被告の印鑑証明書付)を所持しており、これらに基いて請求しているのであり、被告はすべてその成立を認めながら口実を構えてこれを争い、訴訟の遅延を図つている。

原告は被告が相当な資産を有しているものと認め、かつ当時被告を信用していたので、期限が短いものについては担保を取つていないのであつて金融業者でない原告としては何ら異とするに足りない。

2  同2につき

うち同(三)について、手形、小切手の金額をチエツクライターで記載するのは通常であるから、本件(1)ないし(3)の各小切手の金額が被告によりチエツクライターで記載されたとしても何ら異とするに足りない。(4)の小切手はたまたまチエツクライターによる記載がなかつたところから被告の依頼によつて原告がこれを手書きしたにすぎない。被告は本件以前である昭和四三年に約束手形の振出責任を追及されて訴訟を提起されたことがあり、手形、小切手を振出した者がどのような責任を負わなければならないかは十分認識している筈であるから、金額欄白地の小切手を他人に交付するようなことはない。

3  同3につき

(一) うち(一)の事実中、原告が定職なく、被告から子供の教育資金二万円を借受け現在まで返還していないとの点は否認する。また原告居住の家屋は被告の主張するところよりも広い。更に原告はクーラー二台、電子レンジ、乾燥器等の電化製品も十分持つており、カメラおよびその付属品だけでも金一五〇万円以上のものを持つているのであつて、相当な資力がある。なお、原告は被告に対し自己の手持資金だけで貸付けたとは言つてなく、相当額は被告の依頼により他から融資を受けて貸付けているのであるから、原告の資力とは関係がない。

(二) うち(二)の事実中、原告が被告から振出し交付を受けた約束手形について原告が受取人となつてこれを第三者に裏書譲渡して割引くことをしなかつたことは認める。しかしながら右は、原告がこれを裏書譲渡して割引を受けた場合、もしこれが不渡となつたとき、裏書人としての責任を免れないところから、そのような危険を避けるため受取人兼裏書人となることを避けたものにすぎない。

4  同4につき

原告は被告に貸与した金員の調達先についてこれを他人に公表する必要はないのであつて、これを公表しないからといつて原告が不利益を蒙ることは理解できない。

四、同四については次のとおりである。

事実は否認する。本件各小切手が被告主張のとおり何ら原因関係もないのに振出されたものであれば、何故原告に対しその返還を請求しなかつたのか理解できない。原告が昭和四八年一〇月被告方を訪れて被告に対し話合いを求めたのに被告は警察官を呼んで話合いを拒否している。

第六  証拠関係<略>

理由

一請求原因事実については当事者間に争いがない。

二抗弁について判断する。

1  原被告の関係

<証拠>によると、原告はもと小学校の教員をしていたが、昭和三七年頃大阪市内の小学校を退職してからは詩人と称してグループを作り時折同人雑誌を発行してこれを販売し多少の収入を得るほかは、小学校の教員をしている妻の給料を以て一家の安定した収入とし、妻と子供三名、妻の母らの家族とともに妻が学校共済組合からの借入金で増改築した同人所有名義の家屋に居住している者であり、一方被告は肩書住所地付近に所有する農地を以て農業を営むほか、薬品の卸売業を兼ね、右農地のほか他県にもいくらかの土地を所有している者であるが、右両名は昭和四七年半ば頃知り合つて交際を続けるうち、被告の所有する岡山県真庭郡中和村、同県和気郡吉永町、兵庫県津名郡五色町にそれぞれ所在の土地を使用して事業を起こし利益を上げることを計画した。原告は右事業につき福祉法人を設立すれば税金の関係で有利であるとし、まず福祉法人として発足し、事業の基礎が固まつて後通常の営利法人に切換えることを考案してこれを被告に勧めた。そこで被告は昭和四八年四月五日頃原告に対し「グリーンたすく」なる名称の社会福祉法人の設立と、これに関連して前記岡山県真庭郡中和村所在の土地の道路整備、分湯権、境界の明示、右土地および前記その余の土地の管理、利用、開発、処分の調査企画とその実施等に加えて被告と関係のあつた女性問題の解決その他被告の身辺についての一切の問題の調査、交渉等の事務を費用報酬を支払うこととして委任し、右費用は毎月二〇日締切り、末日払い、報酬は事務完了の都度その分について双方協議のうえ決定して支払うこととした事実を認めることができる。

2  費用の支出状況

<証拠>によると、原告は右受任事務の遂行に当り差当つて他に出資者後援者の物色から始めたが、その間の費用(結果的にバー等での飲食遊興費が相当部分を占める。)については一切被告がこれを負担することとなつていたものの、うち急を要するものについてはとりあえず原告において手持ちの金で立替払をし、後日被告から被告振出の小切手でその返還を受け、大部分は直接被告振出の小切手で支払い、時には予め被告から相当金額の小切手の振出を受けたうえ適宜これを換金しておき、その中から右支払に当ててきており、右小切手の中には金額欄白地のまま原告に対して振出し交付されるものもあつた。このようにして原告が受任事務遂行のために支出したものとして後日被告からその返還を受けたもののうち被告に対する請求書が作成されているものは昭和四八年四月分として金八万〇、〇一三円、同年五月分として金一六万八、三九〇円、同年六月分として金四三万八、二五九円、同年七月分として金八七万二、三六三円の計金一五五万九、〇二五円であるが(乙第三号証の一ないし二八)、その内容だけからみても事務諸雑費等のほか交際費、接待費、会合費としての飲食遊興費が相当部分を占め、中には受任事務遂行のための交際に必要な服飾費であるとして原告着用のネクタイや靴の代金まで含まれていた。しかしながら被告は原告の請求に対しては特にその内容を検討することもなく請求されるままに前記認定の方法でその支払をしていた事実を認めることができる。原告(第二回)本人尋問の結果中には右認定に反する部分、即ち原告は被告から金額欄白地の小切手の振出を受けたことがない旨の供述部分があるが、右は前記採用の各資料に照らし信用できない。

3  委任契約の終了

<証拠>によると、被告は昭和四八年一〇月頃前記委任事務について多額の出費を余儀なくされているのに反し右事務の処理に何らの進展もなかつたことに端を発して原告と不仲になり、その頃本訴の代理人である大村弁護士に依頼して原告との間の前記委任契約を解約し、原告に対し事務処理のてん末の報告を求めたが、原告から何らの報告もなく、したがつて被告が原告に対して支払つた前記金員についての清算も全く行なわれないまま現在に至つている事実を認めることができる。

4  本件各小切手振出の状況

<証拠>によると、本件各小切手の前後に先日付で振出された小切手の原符の日付等からみて、本件(1)(2)の各小切手は昭和四八年九月頃、(3)(4)の各小切手は同年八月頃、いずれも被告において金額、振出日各欄白地のまま原告に対し振出し交付されている事実を認めることができる。原告は(1)ないし(3)の各小切手については金額は記載されており振出日は先日付で被告の指示した日をその面前で原告が記載し、(4)の小切手については被告の指示に従いその面前で金額と振出日を先日付で原告が記載した旨主張し、<証拠>中には右主張事実に符合する部分があるが、右主張事実は右各小切手中の原告の記載部分が何故に被告の面前でことさら原告の手によつて補充されなければならなかつたかの点で理解し難いし、特に本件(2)の小切手であることが裁判所に顕著なその提出方法によつて明らかな甲第二号証によると、右小切手については振出人欄における被告の住所氏名が被告の自署によつてなされている事実が認められることからすると、その小切手の振出日欄の記載だけが被告の面前において特に原告に委ねられたとする点で更にその理解が困難であつて、これらの点に加え前顕採用の各資料に照らすとき原告主張事実に符合する右各資料はとうていこれを信用することができない。

5  本件各小切手振出の原因関係

以上、1ないし4で認定した事実からすると、本件各小切手は被告が原告に対し委任した事務を遂行するに必要な費用の支払に充てるため、あるいは右費用を調達するためのものとして原告に対し振出し交付された小切手の一部として昭和四八年八、九月頃金額、振出日各欄白地のまま振出されたものであるが、原告は被告からの受任事務についてそのてん末を報告することなく、収支の清算もしていないのであるから、被告において本件各小切手によつて被告が負担すべきどの程度の金員が支払われ調達されているかを明らかになし得ない状況にあるものと認めることができる。そうであるとすれば、衡平の観点からして被告は右各小切手についてその原因関係が存在しないことに関し事実上の推定の利益を受けるものというべきであつて、右推定を覆えすには原告の反証に待つべきものであり、右反証のない限り被告は原告に対し右各小切手金支払の義務を負わないものと解することができる。

6  原告主張の本件各小切手の原因関係

そこで、原告は昭和四八年一〇月一一日被告に対し金員を貸与しその弁済のために被告から本件各小切手の振出し交付を受けた旨主張し、これに副う反証を提出するので、以下この点について判断する。

(一)  <証拠>中には右主張事実に副う部分がある。しかしながら前記1で認定した原告の経済状態に加えて<証拠>によると、原告が本件各小切手によつて被告に貸与したと主張する金九一六万〇、九六〇円を自らの資産の中から調達し得たものとはとうてい認められない。したがつて右各資料中の一部を以て前記推定を覆えすに足る資料とみることはできない。

(二)  また、原告は被告に対する貸金の大部分は他から調達してきたものである旨主張し、原告(第一、二回)本人尋問の結果中には右主張事実に副う部分がある。しかしながら原告は右調達関係についてはその具体的事実を明らかにせず、本人尋問においてもこれを明らかにすることを一切拒否しているのであるから、にわかに右資料を信用することができない。そして事実右調達があつたとした場合、前記認定の原告の資力に照らし経験則上右調達先から現実に右金員を費消する被告に対し何らかの方法で接触があるものと考えられるにもかかわらず、本件各資料によるもこれがなされている事実を窺うことができないところからしても、右調達の事実はこれに疑いを挾むに十分であつて、右本人尋問の結果はたやすく信用できず、これを以て前記推定を覆えすに足る資料とみることはできない。

(三)  そして他に原告の右主張事実を認めて前記推定を覆えすに足る資料はない。

7  原因関係の不存在

右のとおりであるとすれば、本件各小切手についてはその原因関係不存在の推定を覆えすに足る資料がなく、結局被告から原告に対し何らの原因関係なくして振出されたものと認めざるを得ないから、被告は原告に対し右各小切手金の支払義務がない。

三以上、被告の抗弁は理由があるので、本訴請求は失当として棄却すべきところ、本件各小切手判決はこれを認容するものであるから、民訴法四六三条二項四五七条二項により右各判決を取消したうえ本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき同法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (高田政彦)

別表 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例